あれから、13年の月日が流れた。-三宅弘晃-

「写真を撮る」という行為は「今ここ」を感じて切り取る、マインドフルネスな行為。この連載では、そんなふうにマインドフルネスに生み出された写真とその写真にまつわるストーリーをご紹介しています。

 初任給で買ったばかりのデジタルカメラを片手に、街灯の点り始めた山下公園を一人歩く。6月の潮風には一足早く夏の気配が混ざり、赤レンガ倉庫が見えてくる頃には首筋がじっとりと汗ばんでいた。

 マリンルージュが船の名前だと知ったのは、つい先日のことだ。ハーバービューの部屋にも、ブルーライトバーにも縁がなかった僕にとっては、横浜を舞台にした大人のデートなど憧れ以外の何物でもない。だからこそ、その街の雰囲気に少しでも近づこうと、使い方もおぼつかない新品のカメラを持って横浜に繰り出したのだった。

 夜の山下公園には、恋人たちが集まる。「ドラマの中の二人」なんて、眩しすぎるフレーズをうそぶきながらも、港に停泊している豪華客船を眺めるふりをしつつ、そんな彼らを横目で観察したりしていた。

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 みなとみらいのネオンは都会の湿度にほだされながら、暗闇の中を艶やかに揺らめいていた。「人は、危険なものに惹かれるんだよ。」なんて、昔の映画でマフィアが言っていたのを思い出しながら、まるで物語の主人公にでもなったかように背中を丸め、街を闊歩してみる。

 ふとポケットに入れた携帯電話が、メールの着信を知らせた。
 「もしかしたら、家に白アリが出たかもしれないんだよね。どうしたらいいかなあ。ーー母」

 Oh、台無しだよ、母さん。
 ハードボイルドもラブロマンスも、僕にとってはまだまだファンタジー映画のようだった。

 あれから、13年の月日が流れた。

三宅弘晃
キャリアコンサルタントカメラマン
キャリア心理学を応用し、その人の魅力あふれるポートレート撮影を行なっております。活動テーマは「モヤモヤを、イキイキに。」

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