この連載は、ドイツに暮らすTomokoさんが、マインドフルネスに出会い、それからどう人生が変わったのかを綴るエッセイです。
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第1回 始まりは娘の過呼吸。「私はひどい母親だった」と涙したあの日
第2回 「これ以上続けても意味がない」そう思った矢先、問題は私の中にあることに気づく
第3回 自動操縦状態に気づくだけで世界が変わる
「自分は空で、感情はお天気のようなもの」
マインドフルネスを使って自動操縦状態からなんとか抜け出ることができるようになったころ、感情との向き合い方に関する大きな学びがあった。とてもつらい経験だったが、この経験のおかげで、「感情はその形、強さ、質を変えながらいずれは消えていく」ということがわかった。先生が良く使う、「自分は空で、感情はお天気のようなものだ」という例えを、丸ごと体感した出来事だった。
娘が学校からLINEでラテン語のテストで赤点を取ったとメッセージをくれた。「悲しすぎて、学校でたくさん泣いたから、もうおうちでは泣かないよ。だからママもおうちでは笑っていてね」と結んであった。このテストに備えて、娘は娘なりに本当に一生懸命準備していたから、この失敗はさぞかし辛いだろうと思った。
メッセージ通り、家に帰ってきた娘は笑顔で、「おやつの時間になったら降りてくるね」と二階の自室に入っていった。しばらくして、私がそっと娘の様子を見に行くと、娘は椅子に座り、ラテン語の教科書を机の上に広げ、それをうつろな目で眺めていた。私がそっと近づくと、娘は椅子ごと私の方に身体を向けて、私の胸に顔をうずめて静かに泣き出した。胸の奥から絞り出すような、絶望的で、痛々しい泣き方だった。「おうちでは泣かない」と言ったけれど、心のコップは悲しみで溢れていたのだろう。
立てば私と同じくらい背の高い娘は、椅子に座っていると、その顔が立っている私のちょうど胸のあたりに来る。小さかったころの娘を抱きしめるように、私は肩を震わせて泣いている娘の髪をなでながら、彼女の悲しみを丸ごと受け止めていた。娘の悲しみと、私の悲しみで私の胸は張り裂けるほど痛い。涙が後から後から出てくる。悲しみが痛くて、何も見えなくて、砂嵐の中にいるようだった。私の心臓の鼓動は速く、呼吸も浅い。
不思議なことに、痛みの中にあっても、私はその痛みを眺めていた。今までの私なら、何とかその痛みから逃れようとあれこれと考えたり、ジタバタしたのだろうが、私は考えることをせず、ただひたすらその悲しみを、のど元に石が詰まったような感覚と呼吸で感じていた。苦しかったが、逃げないでいられた。どのくらい時間が経ったのか覚えていないが、ふっと悲しみが和らぎ、「あ、息をするのが楽になった」と思える瞬間が来た。悲しみはさらに弱まっていき、私は子供部屋に差し込む陽の光の明るさや温かさを感じられるようになり、娘の髪の柔らかさ、体温、優しい匂いが戻ってきた。その時、なぜか「この子も私も、何があっても大丈夫だ」という気持ちになった。嵐が過ぎた後の青空を観たような感じだった。
そしてまた不思議なことに、私の心の嵐が去ったと同時に娘も顔を上げた。私が「きっと、大丈夫だよ」というと、娘はにっこり微笑んで、「うん!」と力強く答えた。
「感情=私」ではない
感情は本当に天気のようなものだ。一寸先も見えないような悪天候でも、自分がジタバタしなければいずれ過ぎ去る。もちろん悪天候には不快感が伴うが、それも永遠に続くものではないから、恐れることもない。
つまり、「感情=私」ではないのだ。今まではネガティブ感情が出てくると、あたかもそれが自分の性格のように思えて、絶望的になったり、即座に消そうとあがいたものだった。 私は大きな空であり、感情はお天気のようなものだと捉えることができるようになってから、ネガティブ感情は自分に向けたダメ出しのネタではなく、私の心の状態や思い込みについて貴重な情報をくれる、学びのための大切な素材になった。
私がネガティブ感情を恐れなくなり、自分を理解するためにメッセンジャーだと考えるようになったのは、この娘との体験があったからだった。
時々黒雲が立ち込めるけれど、大空のような自分は素晴らしい、愛おしいと思えるようになったのは、どんな感情・思考にも優しくOKを出すマインドフルネス瞑想と、この体験のおかげだと思う。
(第5回最終回に続く)
■著者プロフィール:Tomoko
Tomoko
1990年からドイツ在住。子供のプレ思春期時に子育てに大きくつまずいたのをきっかけにマインドフルネスに出会い、子供と自分の心を救いたい一心で藁をもつかむ気持ちで学び始める。学んでいく中、マインドフルネスの力が「集中力アップ」「リラックス効果」「ストレス低減」にとどまらず、生き方さえ変える力を持つことを体験。現在はドイツMBSR/MBCT協会認定MBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)講師(※)として、オンライン講座等を通してマインドフルネスを少しでも多くの人に伝えるべく、活動中。
※2021年10月正式認定予定。
※ヘッダー画像は娘と出かけたときのもの