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マインドフルネスをしていると“ティール“になれるのか? 〜10分でわかるマインドフルネスとインテグラル理論〜-柏原 里美-

アドベントカレンダーも後半に差し掛かりましたね。マインドフルに紡がれた文章をバトンとしてつないでいく。そんなかけがえのないプロセスの一部を担えることをとても嬉しく感じながら、今、この文章と向き合っています。

さて、ご挨拶がおそくなりましたが、はじめまして。
柏原里美といいます。
書籍編集を主な仕事としながら、「よく生きるってどういうことなんだろう」という問いをもち続け、心が動くことに取り組んでいます(時にファシリテーターをしたり、プロセスワークを学んだり、農をしたり、海を走ったり、ヨガをしたり、山伏修行をしたり)。

仕事について紹介すると、少し前だと『世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方ーーハーバード、Google、Facebookが取りくむマインドフルネス入門』、近ごろだと『インテグラル理論』『INTEGRAL LIFE PRACTICE』等を担当しています。
今日はこれまでつくってきた本を出発点として、今、どうしても書いておきたいことを言葉にしてみたいと思います。

それは、マインドフル・ライフをより豊かなものとするためのお供として「インテグラル理論」を携えてみてはいかがですか?ということです(水戸黄門の「助さん格さん的なやつとしてw)。

『ティール組織』のおかげで、今、注目を浴びつつある“インテグラル理論“

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大枠だけでも知っておくととても役に立つし、マインドフル・ライフをより充実したものにする手助けになるのは間違いないのですが、一つ致命的な欠点があります。
それは難解であること。
本は分厚いし、読みこなすのには苦労を要します(編集している私もそう感じます)。

そこで今回は、特にマインドフルネスとの関係性を中心にしながら、専門の方に言わせたら、「単純化しすぎ!」「解釈入れすぎ!」
と怒られそうなくらいシンプルに&私の個人的な視点から、ご紹介してみたいと思います。

シンプルとはいえ、元の情報が大量すぎるため、結果としてずいぶん長くなってしまいました(15000字超!)。
目次の中から興味があるところを選んで読んでみてください^^;

そもそも、インテグラル理論って何なのか?

インテグラル理論が世に知られるようになったきっかけは『ティール組織』の影響が大きいところです。
「ティール組織」の「ティール」という言葉の元になっているのは、「インテグラル理論」のモデル。その他、組織の特徴を示した「レッド」「アンバー」「オレンジ」「グリーン」なども同様です。

日本語版『ティール組織』の巻末に「本書に寄せて」というコメントを書いているケン・ウィルバーという人が、「インテグラル理論」の提唱者です。
尊敬と親愛を込めて、以下ではウィルバーさんと呼んでいきます。

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1949年生まれで、今は71歳です。

「インテグラル理論」は、実はそんなに新しいものではありません。
インテグラル理論の前身も含めると、1985年頃からすでに日本に紹介されていたのですが、当時はまだまだごく限られた一部の人だけが知っているものでした。少なくとも、今みたいにビジネスの文脈で「インテグラル理論」が語られることは、ほぼ皆無だったようです。

それもそのはず。
「インテグラル理論」の言わんとしていることは、結構ぶっ飛んでいると感じます。私がそう考える理由とともに、インテグラル理論の特徴を3つに分けてまとめてみます。

インテグラル理論の特徴1:探究オタク&真理オタク&修行オタクがつくり上げた!

アメリカで生まれたウィルバーさん。
この人のことを知ると、インテグラル理論がつかみやすくなると思います。

大学時代に『老子』に出会ったことをきっかけに、「私とは誰か」「人生の意味とは何か」という実存的な問いに衝き動かされ、それ以来、禅の修行と哲学的な思索を始めたそうですが、そんなウィルバーさんのライフスタイルがすごい!

「午前3時か4時に起床した後、1時間か2時間は瞑想し、午前6時から午後2時までは机に向かいます。それから1時間ほどウェイト・リフティングをして、用事を済ませ、午後5時に夕食、来客への接待や手紙への返事などをこの間に行い、午後10時には就寝するのだといいます。」
『入門 インテグラル理論』鈴木規夫、久保隆司、甲田烈著、p33)

ウィルバーさんは、「「人間の意識の探究者である」ということは、必然的に人生を善く生きることである」という認識をおもちとこのと。

理論と実践どちらも大事!

というインテグラル理論の大事なポイントを、自ら体現しようとしていると言えます。

また、こんな時期もあったといいます(注:強調は柏原。以下の引用についても同様)。

「この著作(注:『進化の構造』ウィルバーさんの代表作)を完成させるために、ウィルバーは1日10時間を費やし、3年間の間で4人の人間としか会わなかったといいます。こうした文字どおり極度に集中した生活の中で、他者との皮膚接触への渇望がわき上がり、7ヶ月目を迎えるころには毎日泣いていたと述懐しています。」
『入門 インテグラル理論』鈴木規夫、久保隆司、甲田烈著、p33)

「意識研究のアインシュタイン」とか、
「現代の最も重要な思想家」とも評されるウィルバーさん。
米国元副大統領、アル・ゴア氏も彼の著作を愛読していたといいますし、
映画「マトリックス」のコメンタリーを務めたりと、アメリカではちょっとした有名人。

ただ、私の感覚で言葉を選ばずに言うと、完全な「オタク」(注:良い意味で)。ウィルバーさんは、修行オタクであり、真理オタクであり、探究オタクであり。「そこまでやるの!?」と思うほど突き詰めっぷりです。

ただ、そんなとてつもない探求のおかげで、ふつうに生きていたらたどり着くのに途方もない時間がかかるような「視座」を与えてくれると思うのです。

「巨人の肩の上に立つ」という言葉があるけれど、ここまでの探究をしたウィルバーさんは、今の時代、立つべき肩をもつ知の巨人の一人かもしれません。
そんなウィルバーさんの探究の中身、特に、「何を目的にしているのか」を、次にまとめてみます。

インテグラル理論の特徴2:狂気とも言えるチャレンジーー失われた「全体性」「つながり」を取り戻すこと!

書籍『インテグラル理論』の原著のタイトルをご存知でしょうか?

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その名も「A THEORY OF EVERYTHING」
そのまま日本語に訳すと「万物の理論」です。

「万物の理論って、話大きすぎじゃね」

というのが、おそらく自然な反応だろうと思います。
少なくとも私はそうでした。
「万物」って言ったってさぁ…と。
あまりにも漠然とし過ぎていて、もしメンバーから「こういう企画の本を出したいんです」と言われたら、「いやいややめておいたほうがいいんじゃないの」と言ってしまいそうです。
 
ウィルバーさんは、本の中で次のように述べています。

「本書で紹介する「統合的ヴィジョン」(注:インテグラル理論のこと)ーーあるいは、本物の「万物の理論」ーーとは、物質、身体、心、魂、スピリットの全てを、自己、文化、自然の全ての領域において包含しようとする試みである。
(中略)
 統合的ヴィジョン(注:インテグラル理論のこと)とは、科学と芸術と倫理の全てを大切にするものであり、物理学から精神性/霊性まで、生物学から美学まで、社会学から瞑想まで、さまざまな分野を等しく包含するものであり、統合的政治、統合的医療、統合的ビジネス、統合的霊性といった多種多様な応用例を生み出すものなのである。」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p29)

いかがでしょう?
正直なところ、はじめて文字面を追った時、私には意味がわかりませんでした。ただ、わからなかったからこそ学び続けたくなるような普遍的な魅力というか、クセになる感覚のようなものがあるとも思っています。

なお、インテグラル理論は、「三大メタ理論」のひとつに数えられます。
メタ理論とは、理論についての理論のこと。世の中に数多あるさまざまな理論の見取り図を示そうとしたものです。

「木を見て森を見ず」という諺がありますが、インテグラル理論は「森」の全体像をつかむことを目指している考えると、ちょっとだけイメージしやすくなるかもしれません。

ちなみに、仕事柄、いろんな分野のスペシャリストと呼ばれる方とお話をさせていただく機会が多いのですが、「ご専門は?」と聞いた後に返ってくる言葉の大半は正直なところよくわかりません。せっかく教えていただいているのに申し訳ないな・・・と思いつつ、これって残念なことだと感じます。
分業が当たり前の今の時代、みなさんそれぞれが素晴らしい専門性をもっています。ただ、細かく分けられて、専門化されていくほど、「それは私たちの暮らし全体の中で、地球規模の歴史の中で一体どんな役割をはたすのか?」という全体の中でのつながりが見えづらくなります。

私のしている仕事もそうです。
今やっている本を編集するという営みが、今のこの時代の私たちの暮らしや人類の進化、世界の進化の中でどういう役割を担っているのかなんて、まず考えることはありません。問われてもすぐには答えられず、困ってしまいますし、考えないからこそ続けていける部分もあるかもしれない、と感じます。

「分ける」からこそ「わかる(理解)」こともあるけれど、「分けすぎる」と(わからなくなる(見えなくなる)」ものもある。

そんな分化・専門化の時代に、できるだけ大きな全体像(≒この世界の全て)を包含できるような「見取り図」を示そうとしたのが、「インテグラル理論」のチャレンジです。
まるで、仏教でいうところの「分別知」と「無分別智」のようなものかもしれません。

ただ、正直なところ、これはかなり無謀なチャレンジだと言えます。
たとえば丸善丸の内本店や紀伊國屋新宿本店、梅田本店などの大型書店に行き、「ここで売られているさまざまな本の内容をざっと理解して、それぞれの関係性をつかみ、全体像を示すことができるだろうか?」と考えてみると、その無謀さを感じていただけるかもしれません。

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東洋〜西洋、古代〜現代までの文献を読み漁り、ある程度の内容を理解しなければできないチャレンジです。過去の膨大な知見に触れる大変さもさることながら、日に日に新たな理論が生み出され続けます。
……一人の人間ができるものではないと、正直なところ感じてしまいます。

ちなみに、ウィルバーさん本人も著作の中で「失敗することを宿命づけられている」「欠陥を抱えて」いると述べています。

それにも関わらず、なぜそんなことをするのかというと、「たとえ少しばかりの全体性(ホールネス)でも、全体性が全くないよりはマシだから」

この無謀とも言えるようなチャレンジの裏にあるのは、私たちが全体性(ホールネス)から切り離された世界を生きていて、そのせいで悲劇的な問題が生じているという、とても深刻&重大な危機感なのではないかーーそう私は理解しています。

そして、狂気のように思える一方で、人間が抱えるさまざまな問題を本質的に解決し得る可能性がここにはあるかもしれない、と「希望」のようなものを同時に抱いてしまうのです。
そんな「希望」を感じさせてくれる最たるものは、ウィルバーさんが示す「人」や「社会」の発達の可能性です。

インテグラル理論の特徴3:人はとんでもない可能性を秘めている!!ーー「意識の発達段階」

ここでやっと「発達」について書けます。
『ティール組織』「ティール」という言葉は、ウィルバーさんが示した発達段階をベースとしているというのは、冒頭で紹介させていただきました。

ちょっとややこしいのですが、インテグラル理論は、森(という世界全体)を包括的・統合的にとらえるためのフレームワーク(枠組み)です。
そして、「発達段階」というのは、そんなフレームワークの重要なひとつの要素。
(インテグラル理論のフレームワークは、「AQAL」とか、「全象限・全レベルアプローチ」とか、「クオドラント(四章限)・レベル・ステート・ライン・タイプ」とか色んな名前で呼ばれています)
*フレームワークの全体像は、『インテグラル理論』の第3章とか、『入門 インテグ ラル理論』第1章(p41-44)を読んでいただくと、理解しやすいと思います。

インテグラル理論に触れる時、特にこの「発達段階」に強いインパクトを受ける方が多いようです。

心(知性)の成長・発達を研究する「発達心理学」の知見によると、「ほとんどの発達モデルが、大枠においては非常に似通っている」といいます。マズロー、クレア・グレイブズ、ハーバーマス、カート・フィッシャー、ロバート・キーガン、スザンヌ・クック=グロイターなどなど、さまざまな研究者たちが導き出して整理したところ、「一貫性のある物語」を提示できるとのこと。

そうやってまとめられたのが、ウィルバーさんの発達段階モデルです。

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*参考
先ほど挙げた研究者など、その他、古今東西の発達モデルを整理、一覧化するというある種の狂気のように思われるウィルバーさんの仕事をまとめた本が、1月下旬に発売できるよう、今、一生懸命つくっています。
『インテグラル心理学』(原著タイトル:Integral Psychology)

この発達段階モデルの特徴をつかむうえで役に立ちそうな言葉を、いくつか引用します。

「心の成長や発達とは、一連の段階(ステージ)が次々に開き出されていく(アンフォールド)ことなのである。」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p43)
「たとえどんな人であっても、潜在的には、これら全ての段階を利用できる」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p49)

子どもの頃は日々成長していく、というのが当たり前のことでしたが、大人になるとそうは感じられないものです(むしろ退化と感じられるようなことも起こりますよね)。
でも、人は成人以降もなお発達し続ける可能性を秘めた存在だと、発達心理学は教えてくれます。

たとえ今うまくいかないことがあったとしても、潜在的にはより高次な段階に成長していく可能性があるーーこれは、人に対する「希望」というか「根源的な信頼」につながるように感じます。

「まだまだやれる!」
「私はこんなもんじゃない!」

と素直に思えるって、生きる力になりますよね。

「人の意識とは、網目細工(メッシュワーク)のように、あるいはダイナミックな螺旋(スパイラル)のように、展開していくものなのである」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p47)

発達・成長って、ついつい階段のように1段上がったら次の段というような直線的/単線的なイメージをもたれがちだけど、そうではない、と。
まるで波や水の流れのように、色んなものが混ざり合ったり、重なり合ったりと、もっともっとダイナミックなものだと言えそうです。

だから、タイトルの「マインドフルネスをしていると“ティール“になれる?」という問いについて、そもそも「私、ティールです」ということ自体が成り立たない可能性もありそうです。
仮に「ティール」に重心があったとしても、グリーンやオレンジ、アンバー、さらにはターコイズなども入り混じりながら存在しているというほうが、より正確な見方かもしれません。

あと、実は発達を測定することの難しさもあるのですが、そこまで書くと複雑になるので、ここでは省いて・・・

人の発達って、階段のようなシンプルなものではなくて、もっともっと多様で、複雑で、ダイナミックだとシンプルに考えると良さそうです。

少し余談:「発達モデル」は私を救ってくれたような気がする、という話。

ちょっと筆が乗ってきたので、「発達」について私のお気に入りの言葉をいくつか紹介します。

「発達とは、自己中心性が次第に減少していくことであると定義できる」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p68)
「発達の螺旋とは、思いやり(コンパッション)の螺旋でもあるのだ」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p77)
発達(デベロップメント)とは、包み込むこと(エンベロプメント)なのである」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p85)

これらは好きな言葉であり、私が勝手に希望を受け取った言葉でもあります。

これはとても個人的な話ですが、インテグラル理論に出会った当初(大学生の頃でした)、私は精神的にハードな状況にいました。
というのも、母が精神的な病を煩い、問題行動をくり返していたのです。
そんな母に対して「どうしてあんなことができるのか」という思いをもち続けていました。母の病・言動を、受け容れることができなかったのです。

そんな思いは、自分を責める気持ちに変わっていきます。

「あの母に育てられた私が、ろくな人間であるはずがない」
「私は、まさにアダルトチルドレン的な家庭で育ったから、このままだと人間としてまずいだろう」

そう、だれよりも身近な自分という存在を受け容れ、包み込むことができていませんでした。
今になって思えば、母の病や言動もさることながら、自分を認められなかったことが何より自分を苦しめていたのだと思います。

こういう悩みって、「病理」として捉えられがちです。
何か欠陥があるのではないか? 特別な治療等が必要なのでは? と。

そんな悩みを抱えつつも、私は元気な大学生活を送り続けていました。
本やネットに出てくるような心身の病の症状はまったくありません。むしろ一般よりも健康体で、前向きに生き、世の中に貢献していきたいという思いもあります。

そんな多面的な自分とどんなふうに向き合っていけばいいのか、よくわからずにいました。

そういう日々の中で、

「発達とは、包み込むこと」

という言葉は、私を救ってくれた感覚があります。

元々、人にはいろんな面があって、今はまだ受け容れられないことも、やがて発達・成長していく中で受け容れ、包み込めるようになるのかもしれない。いや、そうなりたい!ーーと思えたからです。

そして、「発達」「成長」という未来に向かっていくことと、自分を癒し、受け容れていくことは、同じ方向にあるものなのだなと、感じられたのです。

「発達・成長すること」=「自分を大切にし、癒し、受け容れていくこと」

この2つがつながったような感覚を得ました。

もちろん、感覚としてつながることと、実践することの間にはかなりの開きがあります。
かつては大学生でしたが、今は39歳。20年近い時が経ってもまだまだ道の途中です。
それでも、感覚として知っていることが助けてくれる面は大きいものです。

とにもかくにも。
もしも、発達・成長が、「より多く」「より高く」といったリニア(直線的)なものだとしたら、たぶん私は、今この文章を書いていないと思います。
「自分を癒し、受け容れていく」「今よりもよりよく生きる」。もっというと、「与えられた限りある時間を味わい尽くす」

ままならないことだらけの世の中を生きる私たちに、人生のシンプルな道筋を示してくれるというのも、発達のひとつの側面なのではないかーーと、「発達理論に救われた!」と勝手に恩を感じている私は感じています。

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インテグラル理論は人生の旅における良きガイド役だと思っています。

マインドフルネスをしていると“ティール“になれるのか?

閑話休題。
前置きがかなり長くなりましたが、やっと本題に入れます。

マインドフルネスとひと口に言っても、本当にさまざまなものが含まれることは、こうした記事をご覧にいただくと一目瞭然ですが、ここでは特に「瞑想」について話を進めます。

前提として、、、
マインドフルネスや瞑想の効果は、見聞きするよりも、自分で体感するのがいちばんだと思います。
実際にやってみて、そこで得た「感覚」が、紛れもない効果。
自分の中にわき上がってきたものをどうか大切にしていただきたいです。

そうは思いながらも、、、
ちょっとお節介かもしれませんがインテグラル理論を含めた「発達理論」という視点から、瞑想の効果を紹介したいと思います。

「長期的に見れば、さまざまな調査が示すように、瞑想は、垂直的な発達(自己のラインの垂直的展開)に寄与する。瞑想は、4年間で平均2段階の垂直的変容を促す。これは非常に概括的な発見だが、示唆的である。もしあなたが「レッド」にいれば、瞑想で「オレンジ」に行くだろう。「アンバー」にいれば、「グリーン」に行くだろう、ということである。」
『インテグラル・スピリチュアリティ』ケン・ウィルバー著、松永太郎訳 p202)

このウィルバーさんの書き方は、端的でわかりやすいものです。
ただ、かなり端折っていて頭に「?」が浮かんでしまいそう&誤解を与えかねないので、別の本から、もう少し詳しく引用します。

「アレキサンダー(注:ハーバード大学の心理学者チャールズ・アレキサンダー)は、発達心理学者のロバート・キーガンの弟子であったスザンヌ・クック=グロイターの測定手法を用いて、TM瞑想が意識の発達に及ぼす効果について調査をしました。その結果を紹介すると、TM瞑想を実践していない人は、5年経っても意識の発達段階にほとんど変化がなかったのに対して、TM瞑想を5年間毎日継続させた人は、6つの発達段階の中で、2段階ほど意識の発達段階を向上させていました」
『成人発達理論による能力の成長』加藤洋平著 p262)

この調査結果は、発達研究者の間ではかなり驚くべき結果だったといいます。
それ以前は、どんなに早くても1つの段階の発達に5年、高度になれば10年、20年はかかると考えられていたからです。

このことを知った時、単純な私はこう思いました。

「えーーーー!!! だったら毎日瞑想する!」

と。

もしかしたら、私と同じような思いをお持ちになった方もいるのでは…?

成長・発達って、私たち一人ひとりがもつ根源的な欲求みたいなものだから、こんなふうに思うことって、自然なことだと思うんです。
だって、高い段階でしか見えない景色があるならば、それを見てみたいと純粋に思います。
だから、私は発達できるものならしてみたいなという思いを抱いています。ティール的な世界観を自ら体感してみたい!と。山があるなら登りたい、と。

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マインドフルネスをしていると“ティール“になれるのか?
ーーこの記事につけたタイトルは、「ややこしい“インテグラル理論“をできるだけキャッチーに語りたい」という私の意図からつけたものでした。

この問いに私なりの答えを示してみますね。

・瞑想は、発達において大きな効果がある確率が高い
発達のダイナミックさや測定すること難しさから、ティールになれるかまではよくわからないけれど(「ティールになる」というのが、そもそも曖昧な表現ですよね)、瞑想をすることでティール的な世界観から物事を眺めたり、思考したり、行動したりできる確率は上がりそうです。

瞑想はしたほうがいいものだと思っています。

ただですね、「じゃあ社員たちに毎日瞑想させよう」というような単純な話ではない、ということが言いたくて、もう少しこの記事を続けます。

発達理論を効果的なマインドフルネス・ライフに取り入れるための3つの視点

長くなってしまいましたが、やっとまとめが書けます。
いちばん伝えたかったのはこの3つなので、ここだけ読んでいただければもう大丈夫です(笑)。

その1 成長・発達を望むならば、今しか経験できないことのを大切にしてください

私は、「コタローは1人暮らし」という漫画が大好きです。

理由あって一人暮らしをしている4歳児のコタローが、周囲の住人たちと交流していく様子を描いたコメディなのですが、4歳で自立するだけの生活力(料理、洗濯、掃除などは完璧です)を身につけていて、大人びている主人公のコタローを見ていると、どこか切なくて、「子どもであることを許されなかったことの悲しさ」を感じずにはいられません。
(もちろん、悲しいからこそ、切ないからこそ感じられる豊かな感覚もあって、その表現がなんとも絶妙だから「コタローは1人暮らし」が大好きなわけですが。)

「誰かに思い切り甘える」とか「言いたい放題のワガママをぶつける」とか、人生の中でごく限られた時期にしか許されていないことを十分に味わえないと、何かしらのひずみが生まれる可能性があるのはご存知のことかと思います。

こういう「その時でなければ経験できないもの」って大人になってからもあると思うんです。
そして、(たとえどれだけ身近な人であったとしても)それぞれのタイミングでしか経験できないことを思う存分味わう権利を、誰も奪ってはいけない! そう強く強く、お伝えしたいです。

「発達はゆるやかであるべき」
これは発達心理学者のジャン・ピアジェの言葉です。
というのも、発達ってすばらしいことだけではないからです。

「ただし、急いで補足しておかなければいけないことがある。発達とは、甘美で、光り輝くようなことだけがもたらされるプロセスではないのだ。
(中略)
 それぞれの発達段階は、新しい能力をもたらすだけでなく、新しい悲劇をもたらしうるからである。」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳 p77)

ほかにも、インテグラル・ジャパン代表の鈴木規夫さんはこんな話も紹介しています。

「発達心理学者のスザンヌ・クック=グロイターがいみじくも述べていたように、「発達は必ずしも幸福を保障しない」ということです。端的に言えば、それは、人に「気づかなくてもいいもの」「見なくてもいいもの」「考えなくてもいいもの」に意識を向けさせ、まわりのだれとも共有できない苦悩を背負わせる可能性を秘めているからです」
『入門 インテグラル理論』鈴木規夫、久保隆司、甲田烈著 p90)

ムリに背伸びを続けるのは、どうしても疲れます。ストレッチ経験は大事だとしても、ずっとストレッチし続けるのはムリだし、無い袖は振れないんです。
発達・成長を急ぐことにはそれ相応のリスクもあります。

もっと早く、もっと急いでとせかしたせる毎日だからこそ、あえて腹を決めて、
「急がない」
ことも大切なのではないでしょうか。

全力疾走では気づけないけれど、ゆっくりと散歩をしたら見えてくる風景はあるものです。

そのタイミングでしか経験できない一瞬一瞬をマインドフルネス味わい尽くすことで、私たちはしっかりと根を張り、成熟していけるのではないでしょうか。
発達・成長って、本来そういうもののように思えます。

その2 自分の中にわいてくるシンプルな感覚を大切にしてください

瞑想は効果的なものだとしても、瞑想だけして生きるなんてできません。
時にはなんだか面倒になることもあるし、「忙しくてそんな時間ない!」なんてこともしばしばです(主に私がそうです)。

でも、それでいいと思うんです。

だって、瞑想がいくら効果的だとしても、瞑想が伸ばしてくれる能力があるとしても、瞑想だけで全人格的に成長できるほど人は単純じゃないから。

何が起きるかわからない毎日の中で、人間関係にゆさぶられたり、家族の問題に直面して胸を痛めたり、思わぬ仕事のトラブルに襲われたり、出会いと別れを繰り返したりしながら、人の器は広がっていくというのは、日常で経験していることだと思います。

ウィルバーさんは、このように書いています。

「自分自身の多くの側面を同時に鍛えれば鍛えるほど、変容(注:「成長」「発達」のこと)は起こりやすくなるだろうということなのだ。言い換えれば、ITP(統合的な変容のための実践)(注:ILP(INTEGRAL LIFE PRACTICE)のこと)とは、できる限り「全象限、全レベル」であろうとする試みなのである。そして、そうすればそうするほど、次の段階への変容は起こりやすくなる」
『インテグラル理論』ケン・ウィルバー著、加藤洋平監訳、門林奨訳  p323)

全象限、全レベルという聴き慣れない言葉は、いったん置いておいて……。
人にはいろんな面があって、その多くの面を同時に鍛えたほうがいい!ということで開発されたのが、『INTEGRAL LIFE PRACTICE』です。
「ボディ」「マインド」「スピリット」「シャドウ」という4つをコア・モジュールとして成長に効果的な実践法を体系化しています。

とくに「シャドー」は、やばいです。

シャドーって無意識のうちに抑圧されて追いやられてしまった自分自身のことを指しているのですが、瞑想に取り組むだけではシャドーは解消されません。

それどころか……

瞑想を実践するだけでは、断片化され、他者に投影された自己がますます固められることになるのです。
 放棄された自己の断片は、瞑想という「光」からも自らを隠すのです。地下室に培養されたシャドーという細菌は、私たちの行動を永遠に妨害し続けるのです。」
『INTEGRAL LIFE PRACTICE』ケン・ウィルバー他著、鈴木規夫訳 p132)

自分の一部を「細菌」と呼ぶのはちょっと言い過ぎじゃないか…と感じつつ、瞑想は万能ではないことを忘れてはいけないと思って紹介しました。

そして、これも大事なことなのですが、
シャドーに向き合うきっかけは、「マインドフルネス」にあると思います。

「瞑想はやらなければいけないもの」と決めつけて、ムリやり自分に強いるのではなくて、今、自分の中に起きていることに意識を向けて探究してみると、どんな感覚がありますか??

いったん立ち止まってみるというシンプルなプロセスを踏むだけで、シャドーの入り口をつかめることはあります。
身体のこわばりだったり、心のモヤモヤだったり、“違和感“って、どこかに必ずあるものだから。

そんな違和感、身体や心が私たちに送っている「声なき声」を大切にして欲しいのです。

だから、どうか無理をしないでください。

瞑想がいくら効果的だからと言って、日々しっかりとした手順で行うことを強いることだけがマインドフルネスではないはずです。

自分の中からわきあがってくる、素朴な声、シンプルな感覚に耳を澄ませてあげてください。
自分に「意識」を向けるという愛(ケア)を忘れないでください。

そんな一つひとつのプロセスを大切にすることがが、発達・成長へとつながっていくのだと思います。

その他、シャドーの探究方法の他、「INTEGRAL LIFE PRACTICE」のポイントや他の実践について学びたい方は、こちらの連続セミナーがオススメです。

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その3 「もっとがんばれ」「もっとはやく」「もっとたくさん」に振り回されていませんか?

私は、自分なりにマインドフルネスの実践を続ける中で、あるおもしろい変化がありました。それは、「食欲の減退」です。
食べることが(&お酒を飲むことも)大好きだったのですが、今ではコース料理を食べていてもメインにたどり着く前に満腹になってしまいます。お酒も最初の1杯で十分です。
最初のうちは「病気なのだろうか…」と思って不安になったりもしましたが、身体は以前よりもずっと調子が良くて、頭も冴えている。
だから、「不思議だけど、まぁ年のせいかな」なんて思っていました。

ただ、信頼できる漢方の先生(中田英之先生)に出会い、いろいろ話を聞く中で気づいたことがあります。それは、(私の胃腸の消化力的には)以前が食べ過ぎていて、徐々に「適正値」に戻ってきたということ。

冷静に眺めてみると、世の中には「食べ物」に関する情報が溢れています。
テレビをつければグルメ番組、CMにも食べ物がたくさん。ネットニュースにもSNSにも美味しそうな食べ物の写真が並んでいるーー私たちは、絶えず「食べ物」に触れていて「食欲」を過剰に刺激させられる中で生きていると考えることもできそうです。

食べ物と同じようなことが、「成長」や「発達」でも起きているかもしれません。

「成長・発達したほうがいい」という情報が、やや過剰になっているかもしれないと思うのです。……もっと言うと、誰か(というよりも社会のシステム)が何らかの目的・意図をもって、

私たち一人ひとりに急いで「成長」「発達」させようとしていないでしょうか?

「もっとがんばれ」「もっと早く」「もっとたくさん」と、私たちに「もっと」を過剰に強いていないでしょうか?

インテグラルジャパンの鈴木規夫さんは、「ティール(統合的段階)」の特徴についてこのような言葉で紹介しています。

「マトリックスの中で人々は虚構(フィクション)を真実と錯覚し、また、ゲームを現実と信じて、終わりのない悲喜劇の中に自身を埋没されているわけですが、統合的段階(注:ティール)に至ると、そうした実存的な現実(リアリティ)そのものに意識が開かれていくのです。
(中略)
 統合的段階(ティール)とは、ある意味では、ゲーム終了のホイッスルを意図的に吹ける段階と言えるでしょう。」
『入門 インテグラル理論』鈴木規夫、久保隆司、甲田烈著 p225)

「食べる」にしても「成長」「発達」にしても、どちらも人間がもつ根源的な欲求。すべてキレイに消し去ることなんてできないし、そうする必要なんてありません。だって、「食べたい」「成長・発達したい」という願いは、人生に彩りや輝き、発見、喜び、楽しさ、幸福感を与えてくれるものだから。

そして、喜びも幸福も自分自身が感じるもの。
誰かにとって幸せなものが、自分にとっても幸せなものなのかどうかはわかりません。

美味しい食事や高い年収が喜びや幸せの条件なのではなくて、自分が「美味しい」と感じたら喜びだし、「幸せだ」と思ったら幸せ。

喜びも幸せも、自分が何を感じているかに目を向けることで得られるものだと思うのです。

今、この瞬間の自分に意識を向けてみると、どんな感覚がわきあがってくるでしょうか。

幸せを感じていますか? 喜びを感じていますか?

もし、誰かが「いい」と言っていても、それが自分にとって必要じゃなければ、それを手に入れるための「ゲーム」は自分でホイッスルを吹いて終わらせればいいだけのこと。

色々と狂った部分のある世の中だからこそ、

「あえて勝負から降りる」
「そもそも勝負に乗らない」

ことも大切なんだと思います。

たとえば、、、
最高に可愛い笑顔でおねだりをして、エサだけもらっては去っていって、かと言って人間たちに悪い気は全くさせない美しく猫のように、軽やかに、自由に、少しだけしたたかに生きられたらステキですね。

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(Photo by 島原兆子)

地図を片手に、今この瞬間に意識を向けることから歩みを始める。

上に少しだけ書いた母のことについて。
母は、3年前に亡くなりました。
命日は8月15日。
前日までは元気に生きていて、私もお盆の帰省で顔を合わせましたが、実家から帰宅した翌日に脳出血で倒れ、そのまま帰らぬ人となりました。
前日までそんな素振りはまるでなくて、文字どおりの意味での「急逝」。
ありきたりのことではあるけれど、「一寸先は闇」というか「何が起きるかわからない世界を生きている」ことを経験した出来事でした。

今日まで元気でも明日も元気とは限らない。
今日まで当たり前だったことが、明日も同じとは限らない。
(2020年はそんな変化をたくさん経験した1年でもありましたね。)

明日どころか、1時間後、10分後、1分後に何が起きるかさえわからない。
たしかなものは「今、この瞬間に起きていること」しかない。

そんなシンプルで当たり前だけど、人生の本質的な学びを与えてくれた母に、心から感謝しています。
大事なことなのに、すぐに忘れてしまうので、自分への備忘のために、ここに書いておきます。


今、この瞬間に注意を向けることは、自分への「愛」の表現。
そして、自分を「愛」で満たせるからこそ、他者への愛も生まれてくると思っています。だから、今、この瞬間、まずは他ではない自分の中に起きていることに目を向けてみませんか?

でも、今、この瞬間だけでは道に迷ってしまうこともあります。
どちらの方向に足を向ければいいのかわからずに途方に暮れ、不安になってしまい「今」からどんどん意識が遠のいてしまう……
そんな時に「インテグラル理論」という「地図」は、力を貸してくれると思います。

ウィルバーさんの狂気に満ちたようなチャレンジによって練り上げた地図は、私たち一人ひとりの発達・成長、世界の進化の方向性を示してくれています。
メタな視点すぎて「次の角をどちらに曲がればいいのか」はわからないけれど、「どちらの方向性に進めばいいか」のヒントはつかめるはずです。

ただ、地図はあくまでも地図。
便利だけど、実際に歩いてみなければわからないこともたくさんあります(実際に行ってみて気づくことだらけというのが旅の醍醐味です!)。

地図を片手に、今、この瞬間の自分に意識を向けることから歩みを始める。

そんな一人ひとりのマインドフルな旅路が、時に交わったり、折り重なったり、離れたり、また出会ったりという不思議に満ちた(full of wonder!!)相互作用をくり返しながら紡がれていくプロセスは、とっても美しいハーモニーなんだろうなぁとワクワクしています。そんな一人ひとりのマインドフルな旅路を後になって振り返った時、そこには個人と社会の「進化」「変容」が遺されているのだろうと思います。

このアドベントカレンダーの一幕をきっかけに出会えたご縁が、またどこかで紡がれることを祈りつつ、、、長い文章にお付き合いいただき本当にありがとうございました!

■プロフィール

柏原 里美
(かしわばら さとみ)

JMAM(日本能率協会マネジメントセンター)出版事業本部 編集第一部長
アクティブ・ブック・ダイアローグ®️認定ファシリテーター
メンタルタフネス協会 強みアドバイザー
日本プロセスワークセンター 基礎コース修了(実践コース在籍中 *ワークの練習相手募集中!)
『インテグラル理論』『INTGRAL LIFE PRACTICE』『マンガでやさしくわかる学習する組織』『世界のトップエリートが実践する集中力の鍛え方』『組織にいながら、自由に働く。』など話題の書籍を世に送り出した編集者。来るべき注目コンテンツ・テーマをいち早く発掘する目利き的存在と評される。
本を元にしたイベント、プログラムの企画に携わる他、自ら「出版する前の読書会」「本の企画一緒に考えませんか?会議」等を主催し、対話からインスピレーションを引き出しコンテンツに落とし込む本のつくり方を探求。また、本を中心とした対話の場づくり、コミュニティづくりにも従事している。
茨城県行方市出身、神奈川県藤沢市在住。無肥料無農薬栽培を細々と実践中。

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ドキュメンタリー映画
『それでも、種を採る人』クラウドファウンディング

無肥料無農薬栽培を教えていただいた
岡本よりたかさんの映画づくりを勝手に全力応援中。
マインドフルな未来を次の世代に引き継ぐために、
とても大切な取り組みだと感じています。

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