私たちは、日々の生活の中で「良かれと思ってしたこと」が、実は相手を追い詰めてしまった──そんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。
私自身、SNSやニュースから、正義感がムクムクと湧いてくる瞬間があります。
そんなとき、思い出すのは、ジョアン・ハリファックス老師の著書『コンパッション』です。
正義感は、世の中を正しい方向に導きたい!不当に虐げられている人を助けたい!そんな善意からくるもののはず…ですが、それは本当に「利他」なのか。
この記事では、名著「コンパッション」より、利他性を育むための3つの信条のひとつ
「知ったつもりにならない(Not-Knowing)」から、優しさの基礎について考えていきたいと思います。
名著:Compassion コンパッション
ジョアン・ハリファックス老師は、禅僧であり、医療・社会福祉・エンドオブライフケアの分野で長年活動してきたコンパッション研究の第一人者。著書『コンパッション』は、思いやり・利他性をどのように実践し、どのように社会に広げていけるのかを深く探究した一冊です。

利他性を育むための3つの信条
利他性を育むために、老師は次の3つを大切にすると説きます。
- 知ったつもりにならない(Not-Knowing)
- ありのままを見届ける(Bearing Witness)
- 慈悲に満ちた行為(Compassionate Action)
「知ったつもりにならない」は自分自身についても全世界についても、固定観念を手放そうというもの、証人のように「ありのままを見届ける」は、この世界の苦しみや喜びのために、今この時に存在しようとするものです。この二つの信条から生まれるのが「慈悲に満ちた行為」で、その実践の過程で、世界と自分自身に癒しが生まれます。
知ったつもりにならないことの実践は、先入観があると決して至ることができない領域まで視野を大きく広げ、結びつきと優しさをもたらす、利他性の基礎なのです。
つまり、
“わかった気になること”が、思いやりを狭めてしまう
ということ。
「きっと相手はこう思っているはず」「これは正しいはず」という決めつけは、見えないはずの境界線をつくってしまいます。
優しさは、相手を理解しようとする姿勢から育つ。
だからこそ、知ったつもりにならず、心を開いて関わることが利他性の出発点なのです。
実践方法:どうすれば「知ったつもり」を手放せるのか
「コンパッション」では自分にこう問うようにと、書かれています。
先入観なく、心を開いたままに保ち、早急に結論づけ行動しないようにするには、どうしたらいいだろうか。この状況において役に立ちたいと思う、本当の理由は何か。病的な利他生の落とし穴に陥っていないか。この瞬間に、害にならずに役立つために、必要な資質を自分は備えているだろうか。
「私はなぜ役に立ちたいと思ったのか?」
「これは“正義感”ではなく“利他性”から来ているだろうか?」
「私の行為は相手にとって本当に助けになるのか?」
自分自身に、こういった問いを立てることは、時に自分の浅はかさに気づき、いたたまれないような気持ちになるかもしれません。
そんな場合についても書かれています。
恐れや恐怖、苦しみへの嫌悪感がでてきたときは、そのことを自覚し、呼吸に意識を向け、自らをグラウンディング(意識をしっかりと身体に戻し、地に足がついた状態にすること)させ、それから起きていることの前にただ在るようにすることで、心を開いた状態に戻ります。
まさに、マインドフルネスの実践ですね。
現にMiLI(コンパッション監修者)主催のジョアン・ハリファックス老師の、ワークショップに参加した際も、何度も瞑想の時間が持たれていました。
こうすることで、心が再びひらき、先入観から自由になる。
マインドフルネスの実践は、実生活の場にも役立っていくものだと気付かされます。
おわりに:来年の私に向けて ―「知ったつもりにならない」ためのヒントとして
これを書いている私は、個人的なことですが、来年は他者と関わる場面が増えていく予定です。
そんな中、私が忘れずに持っていたいのが、「知ったつもりにならない」 という姿勢です。
誰かの意見や行動に心が揺れたとき、怒りや正義感がふっと湧いたとき、
「これは本当に利他性から来ているだろうか?」と静かに立ち止まる。
その瞬間こそが優しさの始まりなのだと思います。
そして、それを支えてくれるのが、私が個人的に大切にしている「人には人の地獄がある」という考えです。
その人の苦しみは、その人にしかわからない。
外側から「大したことない」「もっとひどい人もいる」と比較できるようなものではなく、その人だけの地獄が確かに存在している。
だからこそ、
“わかった気になる”前に、立ち止まり、耳を傾け、心を開く。
この姿勢そのものが、「知ったつもりにならない」を実践するための大切なヒントになります。
来年の私も、そんな関わり方をひとつひとつ積み重ねていきたいと思います。





